MAGIC HOUR

20110423-IMG_2058.JPG

あれは何時ぐらいなんだろ?
しばらくすると、
爆音でラジオを聞きながら新聞配達が来るのが聞こえるから、
4時半ぐらいなのかな?
自分はその時間にパカンと深い眠りから上がってきて、
そのまま、寝てるのか起きているのかわからない状態になることが多い。
そんなときに頭に浮かぶのはきまって過去の出来事。
浮かぶというよりも止めどなく広がってしまう。
実は「広がる」というのは自分が思いついた言葉じゃない。
このことを友達に話した時に「広がってしまうんやね」って言われて、
その表現がびっくりするくらいめちゃくちゃに言い得ていた。
そうそう広がるんだ。
起きているときはキチンと引き出しにしまわれている些細なことが、
だだーっと広がっちゃうんだ。

たとえばある時は、
バイトでたった3ヶ月を共にした、名前も忘れてしまったような奴らのこと。
あいつらとはたぶんもう一生会えないんだろうな、なんて思うと、
その悲しみが、延々広がり続けて、半分寝ながら泣いてる。

またある時は、もう20年も前のこと。
ホカ弁屋でよく見かけた、
いつもなんだかよくわからないレモンイエローと白のストライプを着た、
もうあれ以来見たことないくらいに好みの女の子、
それも働いていた職場の上の階に勤めていたらしい、
あの子になんで声をかけなかったのか?
その悔いが広がりに広がって、やっぱり泣いてる。
もうあんな子には絶対に会えないよ。

一昨日はちょっとおもしろい広がり方で。

「クイズダービー」ってほんとおもしろかったよなぁ...

っていう。それが超広がっちゃって。
あんなに素朴な番組もうないよぉ。
はらたいらが宇宙人だもんな〜、どんだけ素朴でいい時代だよ。
そのことに感動して、泣きはしないけれど懐かしさで一杯になった。
頭の中はあのたどたどしい語りの篠沢教授のループ再生。
えーと、三枠がはらたいらで、四枠が竹下景子だろ?
五枠が、えっと五枠が、どうしても思いだせない!
そのことがたまらなくじれったい。
その悲しさで溢れているときに、銀が騒ぎ出して起きてしまった。
広がっていた引き出しがパタンと元に戻った。
そうなるとこれが不思議なんだよな。
あれだけ会いたかったバイトの連中も、あの子も、篠沢教授も、
別にどうでもいいひとつの記憶になってしまう。
でもその朝は流石にムラに聞いたね。

「クイズダービーの五枠って誰だっけ?」

「そんなの見たことないよ」

ごっくん。

全く広がりようもありませんでしたとさ。

Don't! Don't! Don't believe the hype!!!!

20110418-IMG_2039.gif

連日、連日、出てくる、出てくる、
あきれるくらいのHYPEの数々。
ひとつ、ひとつのHYPEもさながら、体質自体が、
人を騙すこと前提の、人を犠牲にすること前提の、超HYPE産業。

ああいう恥ずかしいことをするのは、是非旧世代の方々で打ち止めに。
人も進化しなきゃ。


かえせ!地球を 2011_トリオ ザ キャップス & WIZ24..::::.::..:::::

BONBON CITY

久しぶりに札幌に行ってた。
ムラなんかはもう半年近く山の中。
もう人多いし、道狭いし、信号はいちいち赤だし、疲れた。
気がついたんだけど、街歩くと、ものすごーく、うちら、こきたねぇの!
俺らだけ、妙に艶がないんだわ。びっくりした。
山から降りて、いくたびに思うけど、
街の核って、欲望つーか、煩悩に思える。
お金さえ払えば、すべての欲望を満たしてくれる用意が整っているって、
いやいや、よくよく考えるとすんげーところです。
実は街全体が土から離れてちょっとだけ浮いている、
なんて馬鹿げた想像をしてしまうくらいで。ぷか〜。
ぶっちゃけて言えば、街にあるもん全部どーでもいいことばっかり、
ちゃー、おしまいだけれど、
別に悪いってわけじゃないんですよ。それがつまり文化っつーもんだから。
それにオラだってたまには、
パンツ見えそうなおねーさん見たいじゃない?文化万歳!

ただ札幌も景気よくないんだね。
地下鉄のコンコースに、ガラスのディスプレイケースがあるんだけれど、
ほとんどがカラでした。あれは妙にわびしい。
それを見たムラが

「被災地のガレキをここに流しこんでディスプレイしてみやがれ!マザファッカ〜!」

と申しておりました。

TUKIMI

20110408-IMG_1969.JPG

また昔話すると。
もう完全に面影はないけれど、ここ始めた当初は全部英語でした。
今も昔も僕はみなさんご存知、ほとんどビョーキだから、何で英語だったのか?
それは切羽詰まった当時の自分に聞いてみないとわからないけれど、
なんかこうアピールしたかったんだろうね。日本人のポテンシャルを。
しかし今でも、ものすごく日本人の可能性は信じてて。
まず日本人独自の感覚って素晴らしいでしょ。
すべてが繊細でさ。月見なんてしてるの日本人だけじゃないのかね?
虫の声なんてのに耳をすますなんてのも日本人だけだとか。
銀閣寺(だったかな?)は、
実は月見をするために建てられものだったって番組見たけれど、
ひとつひとつの部屋、空間に、その時間に差し込む光や水に写る位置、
それらが全部計算されていて、部屋を移動しながらたったひとつの丸い月を、
きゃっ、きゃつ言いながら、一晩かけてずっと楽しんだっていうのだから、
感動したな、そのセンスに。そんなの最高に贅沢じゃん。
和の心も素晴らしい、それにも増して江戸時代にはある程度の
循環型のシステムが完成されてたわけでしょ?とにかく無駄がない。
たとえば、ごはんたべた後に、茶だか白湯を入れて、
それでカスを掃除しながら飲んで、
んで、ちょいと拭いて、
これで洗ったこと〜」って、棚に戻してたっていうんだから。
もう白湯を飲まさせたら、こんだけ様になる民族は世界中にはないね。
これは誇るべきことだと思うんだよ。
確かに今の日本人とは全然違うけれど、
ちょいちょいとホコリを払えば、絶対そのスィッチってみんな眠ってると思う。

おかずなんてさ、たくわん3枚でいいんだ、ほんとさ(ちょっと無理かも)

今までの長い不況で、ことあるごとに、
いろんな先生が成長型からのパラダイムの変換が必要って言っていたけれど、
じゃ、具体的にはどういうこと?って話になると誰も何も言えなかった。
動かしようがないことぐらいみんなわかってたから。
しかし今回の悲しい出来事で、理屈よりも最初に具体的な答えが出てしまったと思う。
それは脱原発ですよ。
電気は元々足りてるだとか、いろんな説あるけれども、
まず、わかりやすい目標が出来たことは不幸中の幸いじゃないか。
それに合わせて経済も人々の生活も縮小していくかない。それしかないよ。
もし違う方法があったらごめんなさい。

それでどうしても今まで通りの生活がしたいっていう人は、
首から札束ぶらさげて、アメリカに引き取ってもらえばいいじゃん。
西海岸あたりに移民村つくって、消費三昧でさ。
村長さんはホリエモンで。

そして残った日本人は歯くいしばって、ホコリかぶっているスィッチ入れてさ。
ミニマムでも優雅に暮らしはじめ、今のこの状況を乗り切ったのなら、
世界で最初に脱ジャパネット化した先進国ってことで、一目置かれると思うんだけれど。

今、世界中に迷惑かけてるんだから、みたこともないようなひな形作ろうよ。

そうなったらジパングの再来ですよ。

ガンダーラだよな(ごっちゃになってる)

I think anger is power! huge power!

20110406-IMG_2015.JPG
ちょっと前まではこの下にも赤線が入らなかったぬ。

キレるけど、けして怒らない日本人。

みんなあれだけ今までキレてたんだから、もっと怒りましょうよ!
政府や官僚は我々をショウジョウバエぐらいにしか思ってませんよ。
特にモンスタークレーマーのみなさんとか、
あとモンスターペアレンツのみなさん、
そのしつこさや、えげつなさを我々の未来の為に使って頂けませんか?
今の日本にはあななたちの力が必要です。

5YEARS

20110331-IMG_2003.JPG
毎年この場所をこの構図でこんな日に撮ってる気がする。

こっちにきて5年目に入る。
昨晩はここ最近ではめずらしく雪が積もった。
僕らは4年前の今日、長い間、人の住んでなかった廃屋にいきなり越してきた。
まだ荷物が届いてなくて、
カトキチが心配してストーブ持ってきてくれたんだよな。
最初の晩はね、確か冷凍のピラフが晩飯だった気がする。
レンジ?え?なんであったの?ま、いいや。
そして頂いたアスパラ。
すきま風とピラフの臭いとビニールのゴザの臭いと奥の部屋のカビの臭い。
始めての朝は、今朝とまったく同じように雪がのっこり積もりやがり。
4月なのにこんなに積もるの〜!って愕然。東京は綺麗な桜でした。
当然、雪が解けたら泥。
最初の印象は、とにかくこれからは泥の真ん中に住むんだなって感じ。それだけ。
今考えると、空見ないで、泥見てたんだな。見るとこ違うって。
電気は来てたけど、排水が詰まってて、
水はタライに溜めていちいち全部出してた記憶がある。

風呂は潰れていたので、
物置を自分達で改造して場所を作るまでは半年くらいなかった。
雨漏りせず、風もこない、床の抜けていない部屋を拠点として、
あとはしばらく見ないフリ。
テレビは東京を出た時点でもう見るのは止めようと思っていたから、
でかいアンテナが折れていても、逆に好都合だと思ったくらいだったけれど、
距離的にネットが繋がらないと判明したときにはかなり動揺したな。
実は仕事もそれでやろうと甘く見積もっていたので。
あと汲み取り便所が圧倒的にイヤだった。

自分はすごい保守的で、そのせいか変化に弱かった。
だから、この環境の大変化って自分にはかなりハードル高かったんだよね。
だから、俺、誰よりも黒板純くんの気持ち分かるよ。
たぶん倉本先生よりもリアルに分かると思う。
おまけにムラの方がテキパキしてて、
北の国からでも蛍の方がたくましかったじゃん?
そういうことまで含めて(笑)

そして5年目。
けど、やっぱりあの橋は引き返して良かったと思ってて。
それは、決して、今の世の中の混乱してる状況からのものではないけれど、
今は大きな声で言える。「ド田舎最高!」と。

「そっち行って正解だったね」って最近ちょくちょく言われる。
結果的には正解は正解だけど、なんか違う。なんかそこはどうでもいい。
人生、正解だけ選び続けたり、得することだけ選び続けるなんてあり得るだろうか?
そういうことを中心に添えること自体にかなり嫌悪感があった。
別に間違ってても、損してもいいと思ってた。
間違ってて欲しいとは流石に思ってなかったけど。
そして、たとえば、それを基準にして考えていたら、
自分達は最初の一歩をいつまでも踏み出せてなかったと思う。
しいていえば、あのとき、躊躇せずにバチンを結論をだせたこと。
あのタイミングだけは正解だったと言える。
選んだ答えには、自分の性分も影響してるけど、もう選択の余地ってなかった。
最後の方は「なんで世の中こんなに腑に落ちないことだらけなんだ!」って。
もう、ほとんどビョーキ。今、ちょっとそれ治ったかも。

なるべくお金のかからない暮らし。

それはお金に頼らなくてもいい暮らしと言った方がちかいな。
普通、社会では、生きていく=稼いでいくと言ってもいいと思うけれど、
なんかその図式さえはかなく、どうでもいいものにいきなり思えてしまって。
みんなどうでもいいものに、何でそんなに懸命なんだ?
働くってどういうこと?生きていくってどういうこと?
ワシら紙切れ回すために生まれてきたんかい?ほんとのほんとは違うだろ?
どうしてもこんなことが奇跡的に続いていくなんて思えないよ。
人としてマトモな奴ほど社会的には弱者になっている気がするのは何故だ?
大の大人の口からそんな言葉が出ればさ、やっぱみんな心配するよな。
おおげさに言えば、それは社会人失格だ。だけど、僕は、
生物として、血の通った動物として、本当に生きていくという意味において、
その術を何も知らないで、そして感じる矛盾を飲み込みつつ、
このまま月日がただただ経つことが怖くなって、足がすくんでしまった。
でも当時「なんでそんなに働きたくないの?」と真剣に忠告してくれた友人は宝だ。
今、もし会ったら何話すんだろうな。何もあのとき激論する必要もなかった。
今はお金はお金で結構大切だとわかったよ、逆に(笑)

最後に4年経って何が一番意外だったかというと、
今でも東京を出たのが先月かのように連絡をくれる友達が沢山居るってことだな。
それは予想してなかった。俺なんかすぐ忘れ去られると思ってたから。
早いもん、全部が。あそこは。

あと不便なことにはどこまでも慣れていけるってのも意外だったな。
今はもう大概の所は住めるっていう自信すらあるもん。